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銀河はめざめた

Annaの雑感、ショップ日記、巡礼記、キスマイごと

古代日本と会津の妄想。

古代妄想


超古代(ニューエイジやスピリチャルの思想でいう、レムリアやムー、アトランティスの時代)から縄文前後まで、日本の各地には、シャーマニックに生きる人々が住んでいた。

現代の人が言う龍や精霊など、自然や宇宙の生命体・エネルギーと繋がりナチュラルに暮らしていた。
もちろん会津もそういう場所であった。この頃の会津が一番栄えてた(エネルギー的に)んじゃないかなあと私は妄想する。

その後、様々なルートで大陸から日本へ人々が入植してくる。
九州や西の方だけでなく関東以北にも一大文化圏があったと思う。
栗本慎一郎さんが言う、スキタイ族(蘇我氏)の扶桑国は関東以北〜東北・北海道だったという説が私にはしっくり馴染む。
 
友好的だったか排他的だったか、地方によってばらつきはあるかもしれないが大陸からやってきた人々は縄文の人々と融合していった。
できれば友好的に融合していったのであって欲しいけど(笑)、血も流れたかもしれない。縄文の頃は争いの形跡がないと言われるが、この時代の人骨が出るのは稀だと思うし、柵や防壁、武器などもきちんと残るものなのか私は知らない。
ともかく形はどうであれ大陸からやってきた人々は、元々暮らしていた人々と融合していったのだろう。彼らの持ち込んだ文化、神祀り(信仰)が縄文の人々の 生活に大きく影響を与えたと思う。彼らの文化や信仰は少し形を変えた。それでも彼らの祀りは続いていたしまだ生き生きしていたと思う。


会津はだいぶ早い時期にこの融合が起きたと思っている。

越文化圏とは山河を越えればすぐ隣だ。会津は越に勢力を持っていた大陸の人々勢力拡大の1番最初の足掛かりの土地だったのだろう。
梅原猛氏の著書で「会津は縄文でありながら弥生化がいち早く進んだ。」と確かあってそれはとても深く共感できる一文だった。

その後も何度も大陸から人の流れがあっただろう。

そのうちにより好戦的な一族がやってきて、先に入植し勢力を築いていった人々、縄文からの人々をも武力と新しい呪で征服していった。
きっとそれの繰り返しだ。それはオオクニヌシの国譲りや神武東征に描かれているように思える。この頃には精神と政治の中心は大和に移っていただろう。
何度も何度も文化や神祀りの上塗り、書き換えが意図的(もしくは意図しないで)に行われた。
最後の仕上げは大化の改新、そして天武・持統の時代に藤原氏によってなされたのだろう。
そして蝦夷征伐、大同二年の田村麻呂や空海の名前に引き継がれてゆく。

縄文の魂は封じられ、宇宙や自然霊と自在に繋がっていた時代は遥か遠い過去になった。
そのうちに本来の土地の姿やそこに住んでいた人々、カミを覚えているものは誰もいなくなってしまった。


✳︎


そんな感じではないかなあと、ぼんやり妄想してます。古代<誇大>妄想な部分も多分にあると思うけど。笑
妄想のベースとなっているのは、自分と各地のお仲間の受け取ったヴィジョンやメッセージ。
各地の伝承や神話、そして栗本慎一郎さんの著書「シリウスの都 飛鳥」、坂本政道さんの「ベールを脱いだ日本古代史」など。
そして何より梅原猛さんの「日本の深層」を20代前半の頃読んで衝撃を受けた私の中のこの土地と繋がる縄文スピリット、かなと。