銀河はめざめた

Annaの雑感、ショップ日記、巡礼記、キスマイごと

智慧を持って繋ぐ

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今年はワタクシ、年女で厄年で八方塞の年のようで。ええ。笑
厄年で八方塞だと聞くとヒェーって感じですけども自分に集中する年だなーと思えば、楽しみにも思えてきます。
そして毎年、熊谷千春さんのイヤーリンディングでトートタロットで見てもらっている、今年1年を表す私のイヤーカードはハーミット(隠者)なのですが、私の魂を表すソウルカードがそもそもハーミットなので、自分還り&自分集中!には、本当に良き年で、いろんな意味で節目のような1年になるんじゃないかと思ってます。
なので年始から肉体面・エネルギー面のケアを月ごとに入れております。

3月は誕生月でもあるため、ご縁の土地で人生初めての護摩祈祷を受けてきました。
数年前までの私なら、お寺で護摩祈祷を受けるなんて考えられなかったな。
なぜか昔から潜在的なところでお寺には若干の苦手意識があったのですよ。
特に護摩祈祷とか密教なんて呪術感強くてヒェーって印象だったけど。
ふる~~い過去世で仏教に対して良くない思い出があると何回か言われたことがあるのですが、それが事実であれ妄想であれ、それは「今」ではないことで、それをある種の心のヨスガにしていた自分を恥じます。
今の自分が実際に感じて、知って学んでもないのに、嫌煙するのなんて以ての外だな、と。本当に不敬そのものだったと思います。

好き・嫌いの直感は大切にしたほうがいいと思うのですが、
好き・嫌いの感情を大切にしすぎると大事なものを見失う気がします。
私たちは感情に捉われすぎて、事実を殺してしまっているなと思うことが最近多々あります。
歴史を知り、意味を知り、在り方を知るということで、私たちはようやく判断ができるのではないでしょうか。

発掘の仕事をしている友達から聞いたのですが、個人的に歴史を勉強している手ごわい方々(笑)から質問を受けることがあるそうですが、学術的な立場からだと、何かの説に肩入れはできず、物的証拠からしか語るしかなく、「これはこうです」とはっきり断定できないことの方が多いのだそう。
でも頭の中に自分の描く歴史像や<~説>を信奉している人だと、その説が肯定されない答え・満足のいくものではないと、「そんなことも知らないのか!」とプンスコされちゃうらしいんです。

目に見える事実はクソ詰まんないと思いますよ。
でもその事実を自分たちの感情で勝手に紡いでいくことは、それこそ先人への不敬ではないのかなとも感じます。
陥りやすい魔境だから、自分も気を付けなければ。

でもある意味、それが人の歴史の本質でもあるかなと思ってもいて。
自分の都合のいいことだけを残して、他は無かったことにする。
個人の歴史も、国の歴史も、世界の歴史も。
それを積み重ねた先が今という瞬間なのだなと。
それ事体に良い悪いはないのだけど、真意や根底にあるものなどは何なのかというのは知りたいと常に思っています。
今の私が記憶しているものは、数十年、数百年後には砂のように消えてなくなるものだから、きちんと知って学んで、どう繋いでいくか、どう繋がりを断つかを最近よく考えています。

よりフラットに、自分で体験し学び、智慧をつけたいです。
目に見える部分と、そうでない部分と、好きなものと、苦手なものと、どちらも。
どちらかだけでは足りないから。

 



あ、それと自分を知り・整えるという意味では、年末に遺伝子検査キット取り寄せて、遺伝子検査も受けたのでした。その結果もなかなか面白かったです。笑
ちょうど同じタイミングで「Ancestors: The Humankind Odyssey」という、人類が誕生する頃の新第三紀のアフリカで、祖先を進化させるというアドベンチャーゲームをやっていたのですが、まぁトラに襲われたり、病気になったり、食中毒になったりで一族壊滅したりするわけなのですよ。
そうやって繋いできた人類が世界に広がっていったのだなぁと感慨深く思ったり。
自分たちのルーツはY染色体アダムやミトコンドリアイブに集約されるわけで、知れば知るほど、国や個人間の争いや諍いが愚かに思えてきます、謙虚にならざるをえないね。

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コロナウィルス流行の折、ぜんぜん関係ない話題で申し訳ないです、笑
色んな情報があるけれども、振り回されずに冷静に対応していきたいですね。